あらすじ:
政府による徹底した教育管理が行われている2062年。5歳のときに教育機関エルサから20年後に母を殺すと宣告されたアマは、やがて25歳の誕生日を迎える(『SIN』)。自分がクローン人間の失敗作だと告げられたヒトシジュニアは、失敗作は廃棄されると知る(『失敗人間ヒトシジュニア』)。ヨウは、人工知能による延命治療を受ける祖母を見守っていた。あるとき、法律改正で延命治療が中止になることが決まる(『リンデン・バウム・ダンス』)。
『LAPSE』予告編
『LAPSE』シングメディア編集部レビュー
ミレニアムイヤーと呼ばれた2000年を迎えて、はや20年。この十数年間で、私たちを取り囲む生活環境は大きく変化しました。
特にテクノロジーの面では、夢物語だと思われていたモノが次々と現実化し、生活を豊かにしてくれる反面、ときに問題を起こすことも。
そんな現代社会の移り変わりを目にしていると、ふと頭をよぎるのが今後の未来。2050年、2080年、2100年……。私たちの生活はどこまで進化しているのか。
『BABEL LABEL』が製作した映画「LAPSE」は、数十年後の未来を描く物語。
クローンと人間が共生する世界を描いた「失敗人間ヒトシジュニア」。
人間が人工知能に医療を委ねる時代に疑問を投げかける「リンデン・バウム・ダンス」
自分の暗い未来を知ってしまった青年の苦悩や葛藤が繰り広げられる「SIN」。
これら3篇から成るオムニバス作品「LAPSE」は、架空のSF映画でありながらも、実際に数十年後には現実となっているかもしれない。
そんなリアルな未来を描いた3作品の見どころについて、今回はご紹介したいと思います。
(1)「失敗人間ヒトシジュニア」:シリアスとシュールを兼ね合わせつつも命について考えさせられる作品
アベラヒデノブ監督が主演も務めた「失敗人間ヒトシジュニア」は、クローンと人間が共生する2050年の世界を描いた物語。
人類がはるか昔から想像上の物語として思い描いてきたクローン人間が、もしかするとすぐ目の前に現れるときがくるかもしれない。ただ、必ず何かしらの大きな問題が起こることは目に見えています。
そんなクローンと人間が対立する姿を映し出した今作は、非現実的でありながらもリアル。そしてラストのシーンでは深く考えさせられる作品となっています。
見どころ1:シリアスな場面で飛び交うシュールな毒舌
自分たちの都合でクローンを作り出し、問題が起こり始めたら処分するという人間の身勝手を始め、あらすじを読む限りは重く暗い物語であるかのように思える今作。
しかし実際はかなりシュール。特に序盤にいたっては、主人公のヒトシジュニア(アベラヒデノブ)がかわいそうに思えてくるほど、シュールな毒舌が飛び交います。
20歳の誕生日に父親からクローン人間であることを告げられた、ヒトシジュニア。
そこで暗いムードになるのかと思いきや、父から告げられた本音は「母さんなどいない。母さんの遺影は俺が昔推していたグラビアアイドルだ」「俺はイケメンでお前はブサイクだ。寝起きの顔がきついなと思っていた。ずっとだ、ずっと」など、大して知りたくもなかった父の過去ともはやただの悪口。
で、真実を知ってショックを受けたヒトシジュニアは叫びながら婚約者のもとに向かいますよね。彼女なら僕を受け入れてくれるはずだと。
……が、婚約者も同じく彼がクローンであることを知った瞬間に拒絶。おまけに最初に出てきた言葉が「確かにゴムっぽいなって思うことはあるなって」の一言。いや、婚約者がクローンだという驚きの事実を知って、最初に出てくる言葉がそれ?
と、序盤はシュールな毒舌が飛び交い、ヒトシジュニアのHPがただただ削られていく展開が続きますが、この一連の流れが何度見直しても笑えてしまうのですよね。
見どころ2:主人公のもうひとつの人生を描いたひとつの湯飲み茶わん
父親からも婚約者からも捨てられ、ひとりになってしまったヒトシジュニア。その後彼は、ハッピー(中村ゆりか)と名乗るクローン仲間の少女と出会い、クローンとして処分されずに生き抜いていこうと決心します。
ただ、作中でずっと気になってしまうのが、ヒトシジュニアが肌身離さず抱えているひとつの湯飲み茶わん。
父親からクローンであることを告げられ家を飛び出す際も、クローンの集団との会合に招かれた際も、どこに行くにも湯飲み茶わんが彼の手元にはありました。
後々、この湯飲み茶わんはただヒトシジュニアが気に入って使っていただけのものでないことがわかるのですが……。
小道具ひとつにも深い物語を盛り込んでくる、アベラヒデノブ監督の脚本。入念に練られた発想に思わず拍手を送ってしまいたくなります。
見どころ3:ハッピーエンド?バッドエンド?考えさせられるラストシーン
今作最大の見どころといえば、何と言ってもラストシーン。初見の際はもう鳥肌が立ってしまいましたよね。
「まさかそうくるのか!」と心の中でつぶやいてしまったほど、おそらく、誰もが予想をできなかったであろうエンディングを迎えた本作。
同時にラストシーンだけは、何度見返しても、何が正しく、何が間違っているのかわからない。鑑賞した人それぞれが違った感想を持つのではないでしょうか。
そしてさまざまな感想が出てくる中で、改めて、今作を思い返す。そのときになってようやく、「失敗人間ヒトシジュニア」が一番伝えたかったテーマが伝わってくるのです。
(2)「リンデン・バウム・ダンス」:高度な映像技術と自然体な演技によりドキュメンタリー感が増す作品
数々のアーティストのMVを手掛ける「HAVIT ART STUDIO」が監督した「リンデン・バウム・ダンス」は、3作品の中で1番ノンフィクションに近い作品だと筆者個人としては感じました。
最初から最後まで、まるでドキュメンタリー映画を見せられているかのような感覚に陥る今作。
その理由は「HAVIT ART STUDIO」ならではの映像技術と、主人公・ヨウを演じたSUMIREさんの自然体の演技にあったのです。
見どころ1:場面の切り替わりとさまざまなアングルから目が離せない
今作は一言でいって、とにかく場面の切り替わりが早い。
現実世界でゆっくりした時間が流れていたかと思えば、次の瞬間には夢の中で若かりし頃の祖母と踊るヨウの姿が映し出されるなど、まばたきをする間もないほど、次々に場面が切り替わっていきます。
とにかく1秒たりとも目が離せない! そのおかげで飽きることなく最後まで見続けられる演出となっているのです。
また場面の切り替わりだけでなく、さまざまなアングルから撮影されたシーンの数々。特に美しいと感じたのが、床の上で寝ている祖母に寄り添うヨウの姿を真上から映し出したシーン。
人工知能に祖母を任せきりの家族に苛立ちを募らせていたヨウが、祖母の延命中止が決まったあと、ようやく落ち着いて祖母とふたりきりになれた安堵感抱いているのだなと思わせる、このワンシーン。真上からのアングルにより、ふたりの寄り添う姿がより美しく描かれている見どころポイントでもあります。
見どころ2:ワンシーンごとの色合いがとにかく美しい
映像技術はもちろん、色合いが美しいのも今作における見どころのひとつ。
ヨウが祖母の部屋でふたりきりのときは、窓の外から入る自然光により、アンティークを彷彿とさせるやさしい時間を描いています。
かと思えば、ダンスホールのシーンではMVを多数制作している「HAVIT ART STUDIO」ならではと納得してしまうほど、ネオンがきらめくきらびやかな世界観がかもしだされているのです。
その他にも夢の世界で若かりし頃の祖母と原っぱを走り回るシーンでは、私たちが普段見ている夢と同様、鮮明な映像であるもののどこかぼやけた印象にも見えるという細かい色使いに目を奪われます。
これら場面ごとに切り替わる色合いにより、今作はフィクションでありながら、ドキュメンタリー作品を見せられているかのようなリアリティのある作品になっているのです。
見どころ3:主人公・ヨウ(SUMIRE)の表情と動きで見せる演技力
今回主人公のヨウ役を演じたSUMIREさん。彼女の演技は、一言で伝えるならとにかく自然体。
ヨットの上でひとり語りをするシーンでは、その語り口調が今作にはばっちりハマっているのです。
なおかつ、SUMIREさん自身が本来の自分をさらけだしているのではないかと思わされてしまうほど、目線から指先の所作一つひとつまで、不自然さが一切ない演技。
彼女の口調、動き、一つひとつの間が、リアリティある今作のイメージにとにかくピッタリで、それが映像技術と相まってドキュメンタリー作品のようなひとつの作品ができあがったのだと思います。
(3)「SIN」:ハッピーエンドでありながらも、鑑賞後に深く考えさせられる作品
志真健太郎監督による「SIN」は、自分の未来が見える世界が舞台の物語。
今作では5歳の頃に「20年後、母親を殺す可能性が高い」という未来を見せられた、主人公のアマ(栁俊太郎)が苦悩と葛藤と戦いながら生きていく様子が描かれています。
近い未来に現実になってもおかしくないと思えるテーマであると同時に、鑑賞中、終始「自分ならどうするか」ということを深く考えさせられる作品です。
見どころ1:子役時代のアマが見せる繊細な動き
今作を鑑賞して、真っ先に目を奪われたのが主人公のアマの子役時代を演じた少年の演技。
実の母親からも「全然笑わず、ちょっと変わっている子」と言われていた、幼少期のアマ。ただ、初見ではどこからどう見ても普通の男の子にしか見えませんでした。
しかし政府公認の教育機関エルサに連れて行かれた際、ゆっくりと落ち着いた様子で歩きながらも、どこか落ち着きなく周りを見渡す様子を見せたり、不安からかしきりに親指をくわえて自分を落ち着かせようとしたりと、ちょっとした動きで「他の子どもとはどこか違う」という印象を強く与えました。
この子役時代のアマが見せた繊細な動きにより、大人になったアマの役柄に何の抵抗もなく、すっと受け入れることができ、物語の中にも深く入り込むことができるのです。
見どころ2:未来に抗おうとするも一瞬悩むアマの表情
未来を知ってしまっているアマは、恋人との間に子どもができるものの、その後、彼女との別れが待ち受けていることも理解していました。
ただ、アマとしては未来を変えたい。恋人とともに一緒にいたい。そのためにも彼は、彼女との別れ話の場面で自分が知っている未来と違う行動をとろうと決意します。……が、一瞬言葉につまってしまうのです。
それもそのはず。見えている未来と同じ行動をとれば、自分が知っている出来事がその通りに起きるだけ。
しかし違う行動を起こせば未来は変わるものの、どんな未来が待っているかわからない。行動を変えたものの、結果的にそれが正解であるか不正解であるかは、アマ自身にもわからないこと。
何という言葉を口にし、どのような行動に移せば、いい方向に先の未来は変わるのか。そんな当たり前である事実をこのとき初めて知ったアマの一瞬の間。そして彼が次に口にする言葉を考えているときに悩む表情。
ほんの一瞬の間ではありますが、何の迷いもなく未来を見ることができていたアマが初めて知った“自分で考え行動を起こす”ということの難しさに苛まれるワンシーン。
まさに未来に抗うひとりの青年の心境がひしひしと伝わってくる、見どころ場面です。
見どころ3:きれいな終わり方を迎えたあとに深く考えさせられる
アマの未来にはアルコール中毒の母親とささいなことから言い合いになり、殺してしまうという未来が待っていました。
しかしこれまで決められた未来に抗えず、ときに友人すらも傷つけてきてしまった彼。「このままではいけない」と考え、自分で未来を選択するという行動を起こし始めます。
ただ、私たちが普段から当たり前のようにしている「自分で選択して決める」という行動が25年間の人生の中で一度もできなかったアマ。
果たして彼は己の葛藤や苦悩に打ち勝ち、未来を変えることができるのか?
反対に私たちがこの先の未来を見ることができたら、アマのように未来を変えようと勇気を持って一歩踏み出すことができるのか?
今作はさまざまな場面で深く考えさせられることが多い作品でしたが、筆者としては、アマと自分自身を重ね合わせ、「もしも自分がアマだったらどんな行動をとっているだろうか」と普段あまり考える機会のない“未来”という2文字について考えさせられるきっかけを与えられた作品でした。
遠そうで近い未来を考えるきっかけを与えてくれる作品
「未来に抗え」をキャッチフレーズに製作された、「LAPSE」。
3作品どれもが違うテーマでありながらも、すべての作品に共通して言えることは、「未来はどうなるのだろう」という期待と不安。
でも先が見えないからこそ、これら3作品は最後まで結末がわからず、夢中にさせてくれる。なにより、遠そうで近い未来のことを考えるきっかけを与えてくれる物語です。
ひとりでじっくり鑑賞して、余韻にひたるもよし。恋人や友人と鑑賞して、未来について語り合うもよし。そんなさまざまな見方があると同時に、十人十色、別々の感想が出てくる映画となっています。
「LAPSE」作品情報
BABEL LABELが送り出す、3つの未来の物語『LAPSE(ラプス)』。2020年1月25日 DVDセル・レンタルリリース。
「失敗人間ヒトシジュニア」
監督・脚本:アベラヒデノブ
出演:アベラヒデノブ/中村ゆりか/清水くるみ/ねお/信江勇/根岸拓哉/深水元基
「リンデン・バウム・ダンス」
監督・脚本:HAVIT ART STUDIO
出演:SUMIRE/小川あん
「SIN」
監督:志真健太郎
出演:栁俊太郎/内田慈/比嘉梨乃/平岡亮/村田麻里/手塚とおる
特典映像
『失敗人間ヒトシジュニア』スピンオフムービー
『止めてほしいのよ、俺たちも。―予算0のSF映画撮影の全記録―』
監督・脚本:アベラヒデノブ