株式会社木々家

飲食店経験ゼロからの起業。『やきとん木々家(はやしや)』密着ドキュメンタリー【第1話】

2008年の創業以来、池袋を中心に7店舗(※2018年6月時点)を展開し、すべての店舗が坪月商40万円を売り上げる人気店となっている居酒屋『やきとん木々家(はやしや)』。

飲食経験ゼロのフリーターが起業し、10年をかけて何を考え何を行って、「やきとん界のバケモノ」と呼ばれるまでに成長できたのか。全5話の完全密着ドキュメンタリーでお届け!

第1話となる今回は、飲食業未経験の社長・林田博之さんがどのようにしてここまで上り詰めたのか、今でこそ語れる創業エピソードをお送りする。

【スペシャルゲスト】ナレーター:株式会社Voicy 代表取締役 緒方憲太郎

家族も巻き込んだ創業

木々家社長・林田博之さんに、飲食業を始めたきっかけを聞いてみた。

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「僕は3年間だけですね、株式投資を個人でやってまして、2年目ぐらいからもうギャンブルやってるような感じになっちゃってですね、そのことしか頭になくなっちゃって、俺何やってんだろうなぁみたいな感じで。最後、終わるときに、リーマンショックを正面からくらいまして、それでもうやめようと思ったんですね。それからじゃあ何かできないかなということで、飲食業になったんですけど」と、語る。

飲食業未経験からの起業には、家族も巻き込んでいったのだという。

「たまたま弟が、もともと建築やってたんですけど、ちょっと厳しいかなっていうタイミングがちょうどあったので、じゃあ何か一緒にやろうかっていうことで……」と、まずは弟さんに声をかけたということだ。

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そのときのことを、社長の弟である林田淳さんは、「地に足ついた商売って言ったら何だろうって二人で真剣に考えたら、何もできないな、みたいな」と語ってくれた。

「じゃあできることは何だろうって考えたんですけど、できることがそもそもあんまりなくてですね」と、林田社長。

「そこで、ウーロンハイなら作れるだろうってなって」と、弟・淳さんは笑う。

「まあウーロンハイなら作れるよねっていうところで、居酒屋が決定しました。とは言え僕ら、何もできないので、なんか料理くらいできないとダメだよねということで、弟に料理の修行に行ってもらおうと思って。それで採用してくれたのが、やきとん屋さんだったっていう。それでやきとん屋さんやろうってなりました」と、林田社長も語る。

居酒屋をやろうと決めたのも、やきとん屋さんをやろうと決めたのも、特に強いこだわりがあったからではなく、成り行きだったというのがすごい。

しかし修行に出るのが弟さんのほうだったということに、何か意味はあるのだろうか。

「まあ、必然的に僕が修行に出るのが自然だろうみたいな感じで、僕が修行に出た」と言って、淳さんは明るく笑った。自分が修行に出ることに対して、特に異論はなかったようだ。

そして林田社長の起業に巻き込まれたのは、弟さんだけではない。

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社長の奥さんである幸子さんは、「もう無我夢中でしたね。私はそんなにガッツリ入るつもりじゃない感じだったので、初め。だけどオープンしてから、本当は主人と主人の弟だけでやる感じだったんですね。だけどそれだけじゃすぐに回らなくなってしまって、急遽私も入る感じになったんですけど」と語る。

弟だけでなく、妻や自身の母も巻き込んでの創業となったそうだ。

マーケに頼らず勝負する

お店のオープンは2008年12月17日。オープン直後の様子はどうだったのか、最初からお客さんはたくさん入っていたのか、質問してみた。

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当時の様子について弟さんは、「オープン前の日に、明日だねえなんていう話して、外出たら誰もいなくて。大丈夫かなって思ったよね」と語る。

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社長の母も、「お客様は、毎日何組かぐらいしかもう入りませんよね、最初は。チラシをまこうかとかね、そういうことも言ってたんです。一切やらない。もうやる寸前までいったんだけど、いや、やめようって。実力がなくなっちゃうからやめようって」と語った。

お客さんを呼ぶためにはチラシを配ることも必要だと思うが、なぜ結局配らなかったのだろうか。

「なんかチラシとか配ってるのを見ても僕、あんまり行きたいとは思わないんですね。もちろんその頑張ってる姿はいいんですけど、本質的になんかいいか悪いか、行きたいと思うかどうかだと思うので。来たお客様に対して、最大限するってことに集中したほうが、なんとなくいい気はしてたんです。僕が力をかけるべきは、もうここだって明確に決めてそれはやったので」と、林田社長は語る。

お店の経営スタイルには、当時からきちんとしたこだわりを持って臨んでいたことがわかる。

木々家3号店で働くスタッフの森本順子さんは、「もう本当にお客さんが好きなんです、3号店の。結構常連さんが多くて」と話してくれた。

林田社長のお客様への思いは、お店で働く従業員にもしっかり受け継がれているようだ。

「マーケをあえて打たないというよりは、そこじゃないところで勝負して、結果的に結果が付いて来たっていうことだとは思ってます」と、林田社長は語る。

マーケに頼らず勝負する。それが木々家のスタイルだ。

強いこだわり/曲げない信念

では木々家を作っていく上で、どのようなことにこだわり、どのような信念を持っていたのだろうか。

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「僕がお店を作る上で、ネガティブなポイントをとにかくなくそうっていうことだけしか考えてなかったんですね。僕が結構嫌なのは、個人のお店とかでこうガラッと開けたときに、“あ、来た”みたいな感じで対応されるのはすごい嫌なんですよ。僕は常に今この瞬間、誰かが来ても、すぐ“あなたを待ってました”っていう対応ができるようには、もうずーっと入り口に気を張ってたので。なんかそういうことはもう、めちゃくちゃ気を使ってました」と、林田社長は語る。

ネガティブなポイントをなくすこと、いつでもお客様を受け入れられる姿勢でいることが、林田社長の強いこだわりであり、信念だという。

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社長の母は、「もうトイレがキレイじゃないとね、ダメなんです。トイレをキレイにすれば、女性のお客様が増えるんです。女性同士もね、多いですね」と強く語る。

確かにトイレがキレイかどうかは、女性が飲食店を選んだり評価したりする上で重要なポイントだ。

また林田社長は、「あとはビールがすごく好きで、僕が考えるおいしいビールを作ろうっていうのを決めて、そこからまたいろいろ考えていったっていう感じですかね。共同開発したのは、サッポロビールと、大体7~8か月くらいかけてですね、サッポロの役員さんの前で、もっとこうだ、ああだこうだって言ってですね、毎回、毎回準備してもらって飲んで、おいしいだまずいだ言って、完成したのが、東口の店舗2店舗に置いてあるんですけど」とも語ってくれた。

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サッポロビールと共同開発してオリジナルのビールを作ってしまうほど、ビールへのこだわりが相当強いらしい。

「一つひとつへのこだわりが強いですね。もう第一にまず、やきとん屋だけど生ビールみたいな。生ビールへのこだわりは本当に、とてつもなくあると思いますね。洗浄ももちろんなんですけど、温度管理と泡つけに関しても、ちょっとでも決められた泡の量よりも多くても少なくてもダメみたいな」と、木々家の従業員である眞鍋康宏さんも語る。

「ビールを突き詰めていく上で一番苦労したのが、一つあるとすると、冷たさなんですよね。僕らは今はもう酒屋さんに冷やしてもらってから持ってきてもらうんですけど、それでも、何十時間はちゃんと冷やしたものを持ってきてくださいって。なんかそういう工夫とかをいろいろしてました」と、林田社長はビールへのこだわりをさらに語ってくれた。

居酒屋・やきとん屋を始めたことに強いこだわりはなかったものの、いざ始めてみると、非常に強いこだわりを持ってお店作りへ取り組んできたことがわかる。

そのこだわりの一つひとつが、木々家を成長させていく上で重要なポイントとなったのかもしれない。

今回の密着はここまで。次回は、林田社長に密着する中で見えた徹底したこだわり、そして会社の未来に対する思いに迫る。


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